土曜日の話。

僕は今日。伝説と呼ばれた傭兵の話を聞くことになっていた。
13:00・・・時間ぴったりにその男は来た。


私「さっそくですが・・・えぇ・・・ミスター・・・」
男「くずれ。そう呼んでくれ。」
私「はい。ミスターくずれ。さっそくですが例の部屋について教えてください。」
くずれ(以下く)「・・・タバコをいいかい?」
私「ああ・・・はい。どうぞ。」
灰皿を男の方に押しやると、男はどこにでも売ってるような安物のタバコに火をつけ紫煙を吐き出す。
く「あの部屋は・・・そうだな・・・どこから話せばいいのか・・・」
くずれ氏はどこか遠くを見るかの様な目をし、煙を吐き出した。



俺らの部隊がその部屋に初めての任務で入ったのは・・・そう、今から4年前。
2003年3月1日。
俺はそこで『やつら』を排除し、棚を造り上げる任務を成功させた。
それから約2年。
その部屋はすぐに排除したはずのやつらによって元通り・・・
いや、それ以上の状態になっちまった。
俺らの部隊は2005年1月2日にもう一度潜入。
『やつら』を徹底的に排除し。
さらには『あいつら』の数を減らすことにも成功したんだ・・・


私「あの・・・すいません。」
く「何か?」
私「先ほどから『あいつら』とか『やつら』とかって言ってますが・・・一体・・・?」
く「・・・」
くずれ氏は煙を吐き出し、何事かを懐かしむかのように笑う。
く「そうだな。そんな言い方しても仕方ないな。『あいつら』と『やつら』その正体は・・・」
私はつばを飲み込み、声を絞り出す。
私「正体は・・・」
く「『ごみ』と『マンガ本』だ。」



とにかく圧倒的だった。
捨てても捨てても戻ってくるごみ。
増える一方で減ることなど無いマンガ本。
そいつらによって占拠されその建物は人が踏み入れるのを拒否していたんだ。
ただ一人、そこの住人を除いてな・・・


私「住人・・・住んでる人がいたっていうんですか?」
く「・・・なぁ。」
私「は・・はい」
く「部屋が汚いヤツには3つの種類が居る。
  1.片付けるのが下手なヤツ。
  2.片付けるのが億劫なヤツ。
  3.片付けなくても気にならないヤツ。
  そいつは・・・」
私「そいつは・・・」
く「全部だ」



つい昨日・・・住人が部屋を空けるという情報をつかんだ俺ら部隊は3回目の任務のために潜入した。
そこで俺たちは絶望した。
ベットの周りに散乱するゴミ、ペットボトル。
ペットボトルの中にはまだ中身の残ってるやつまであった。
中身?当然人間が飲めた代物じゃなくなっていた。
ベットで寝る頭のあたりで小山を形成しているマンガ本。
主にアンソロ系。
後で住人に確認したんだが・・・月に7〜8冊は増えていくらしい。
しかし一日に21冊増えた事があるってんだからクレイジーだ。


私「一日に21冊ですって!?」
く「ああ、そうだ。
  さっき部屋の汚いヤツの三か条を話しただろ?」
私「ええ・・・。」
く「だがな。
  部屋が汚いことに直接的な原因とはならないが、
  要素の一つに数えられるものがある。それは・・・」
私「それは?」
く「収集癖があることだ。」



住人はとにかく一度買い始めたら続きを買い続ける男だった。
そのためアンソロ系はおぞましいほどの数になる。


まず俺達は布団周りを片付け始めた。
ゴミはまとめて袋へ、ペットボトルは中身があるのは捨ててやはり袋へ。
この時点でゴミだけでゴミ袋を2袋消費。それでもまだゴミが見えるんだから参っちまうぜ。
ゴミがある程度片付いたらマンガ本を選定。
種類別に分けてどう片付けるかを考えることにした。
ゴールの見えない作業だったぜ。
マンガ本を選定した後、本棚になるマンガ本の一部を押入れに押し込み、
なんとか本を納めるスペースを確保したんだ。


私「あ・・・あの、すいません。」
く「ん?何だい?」
私「押入れに納めるほど本があるっていうのなら・・・
  古本屋に売るとかしてもいいんじゃないですか?」
くずれ氏は声を出さずに笑う。
く「ああ、そうだ。そうするのがベストな選択肢だろうな。
  だが、さっき言っただろ?その住人には収集癖がある。
  収集癖のあるやつが集めているものを勝手に捨てる、
  または売ること・・・それは・・・
  

  そいつ自身の命を捨てるのと同じことだ。」



マンガ本を片付ける、その間に台所の掃除を担当したヤツがいるんだがな。
そいつが事あるごとに俺を呼ぶんだ。
そいつが俺に見せてくれたもの・・・それは・・


私「・・・それは?」
く「それは・・・」
・・・くずれ氏は搾り出すように声を出した。
く「卵だ。」



卵だ。ああ、あんたの家の冷蔵庫にも入ってるだろ?あの卵だ。
当然これが普通の卵なら問題は無い。
だがな、その卵は・・・


賞費期限が2004年だったんだ。
2004年だ。前の任務で気がつかなかったんだから俺の目も節穴だったって事だな。
しかも2004年だけじゃない。
2005年、2006年が消費期限の卵まであったんだ。


く「さすがにそいつを割ってみる勇気は俺には無かったね。」
私「・・・」
のどが渇きすぎてヒリヒリする。
く「そいつは即ゴミ袋行きだ。その後?さてどうなったかね。
  俺らの任務はゴミ袋へ入れるまで。後はどうなるかは知ったことじゃねぇ。」
くずれ氏は新たにタバコに火をつけた。
く「マンガ本を棚に収め、ひと段落した俺達はベットを持ち上げ、移動させた。
  その下には・・・」
私「その下には?」
く「ゴミ、ペットボトル、ほこり・・・そして」
私「そして?」
く「蟲だ。」



蟲といっても種類までは分からなかったが。
俺達はその時、絶望を感じた。
だがここで終わらせるわけにはいかねぇ。
そいつらを含めてゴミを片付けた。


く「・・・すまないがそれについてはあまり話をさせないでくれ。
  思い出したくもねぇのさ・・・。」
私「お察しします。」



俺達は任務を終えた。
後に残ったのは男4人が寝っころがっても十分なスペースと、
ゴミ袋がゴミで6袋、ペットボトルと缶がそれぞれ1袋。
それだけ。
それだけだ。
帰ってきた住人は部屋の扉を開け一言言ったぜ。
「しまった・・・」
俺らの任務は成功した。
成功したんだがな・・・むなしいもんだったぜ。


く「ただまぁ・・・あれだ。」
私「?」
く「その後のビールが美味かったのは確かだな。」
私「・・・なるほど」
くずれ氏はタバコを灰皿に押し当て火を消すと、椅子から立ち上がった。
く「あの部屋であったことは以上だ。あとは・・・話せないことだけだ。」
私「あ・・・ありがとうございました。」
く「・・・あんたぁ・・・」
私「はい?」
く「・・・いや、何でもない。じゃあな。」